2026/1/9

答え合わせ5

明けました2026。

年末年始は音楽ライブのDVDを2枚鑑賞し、音楽番組やお正月特番を見ていました。
私が霊的な分野について他者が語っているのを見ると微妙と感じるように、ど素人の私が語っても微妙と思われるのは前提として、年末年始に思っていたことを少し書いてみようと思います。

ライブDVDにはライブ当日までのドキュメントも収録されていて、普段は見ないのですが今回はそれも見ることにしたのです。
そこで感じた感覚を持ったままテレビを見ていました。

テーマや方向性を考える人がいて。
それを具体的に計画を立てる人がいて。
それを実現するために沢山の人が関わって。
それを表に立って表現する人がいて。
それを一般の人が見れるようにする人がいて。
それを可能にするスポンサーがいて。

こう全体を見渡した時に、最終的にこんなにきれいに整えられたものを私たちは見せていただけているのだなと、感動していたのです。
一般の人はこの一番表に見える表現者にばかり、感想をぶつけているのだなと思いました。
それと同時に表現する立場の人たちの中で、自分の心のままに表現している人がどれくらいいるのだろうか、と思ったりし、普段のニュース何かも思い浮かびました。
そしてこの中で自由なのは、一番最初にテーマや方向性を考えた人であって、それ以外はその人に合わせている状態だなと。
そこで一致して集まれる場合は、喜ばしいものであるだろうと思いました。
それが一体、参加する人のどれだけの割合がそうしているのだろうかとも思います。

それから一瞬、情報として消費され、誰かがキャラクターを演じ、そこに自分は存在していない、という感覚、空洞のトンネルを通りました。
そういえば、誰かこんなことを言っていたような・・・とボンヤリ。

そして大きな水の力が一瞬1秒程、グッと反応していました。
これだけあっても一瞬しか動かせないのだなと思いました。

しかしこれで本音が見えたような・・・。

そんななかなか動かない力と共に働けることに感謝します。
私のために動く時は動くという体験も何度かしているので、自分も自分でできることはしていこうと思うのです。

情報を戦場として扱っている人にとっては、潰しや立場の逆転は常套手段ですので、再開した瞬間に見る価値がなくなります。
情報は戦場の1つであると公言している人を去年の終わりに見てから、メディアやコンテンツに触れる時間を減らしていきました。
それが戦場ならば、別に見たいとも、そこに参加したいとも、関わりたいとも思いません。
私や私と働く者たちには、別にすることも、見るべきものも他にあるのです。

そして数日前に浮かんだもの。
なぜこの世界では愛や光より、醜く暴力的なものの方が勝(まさ)ってしまうのか。
答えられますか?

それは人の憎しみや怒りなどの方が、表面的で浅い愛や光よりも本物で強いからです。
光は本物で闇は偽物、ではなく、どちらも本物はあります。
本性、本質、心からの、何なら魂の根底からの闇を持つ者もいるのです。

世界中の人が能力者になったら、偽善者も演技も通用しなくなります。
それらを区別していった時、どれだけ本物の光や愛が残ると思いますか?
それはどれだけ強いものでしょうか。
それは闇や影よりも多く、強く、確かに勝(まさ)っているものでしょうか?
私には本当に強い愛や希望や、光を求める人の悲痛さや熱を感じる時があります。
それは確かにあり、それを抱えている人はいますね。
それを見失わないことが、自分自身を守る力になります。

しかし世界中の人が能力者になる、そのような時は人の世にはやってこないでしょう。
頼るものが違うのですから。


それでは以前書いた「本能で危険を察知」のエピソード3の答え合わせをしていきましょう。

エピソード1の答え合わせはこちら
答え合わせ1」「答え合わせ2」 

エピソード2の答え合わせはこちら
答え合わせ3」 「答え合わせ4


エピソード3のマンションを借りる時には、能力も色々上がってきていましたので、内見した時には誰かが居るのは気づいていました。
内見時に、お風呂の脱衣所で、歩幅1歩分、肩幅くらいのものに、ポコッと当たりました。
あれ?と思って、歩幅1歩分の所を5・6回往復したのですが、毎回ポコポコポコポコ当たるので確実だったため、家族にここを見るように言いましたが、何も見えないと言うのです。
何で肝心な時に限って見えないのー!?となるわけですが、ここを通ってみてと、歩かせても何も感じないと言うのです。
何でよーと言いながら再度5・6往復し、ポコポコ当たるのですが、今考えると私は完全な激しい当たり屋です。

確実に何か居る!のですが、いつも物件を探すと1つか2つしか選択肢がなく、その時はここだけだったのです・・・はぁ。
幽霊屋敷はもう嫌だから、次はどっちかが何か感じたらやめようと言っていたのに、選択肢がなく仕方なく・・・。


で、実際に住むわけですが、ここには若いお母さんと小中学生位の男の子が居ました。
母親はお風呂に入る時に毎回浴室に居て、入る人によって場所が違い、霊体ですが水がかからないように移動するのです。
そもそも、かかりたくないなら浴室に来なきゃいいのにね!
息子さんは脱衣所で着替えていると、ドアの上に乗ってずっと見ています。
これらは初日から毎日です。
夜中に家族が起きると、母親がよく台所でレンジ、冷蔵庫、水道場を移動しながら家事をしていたそうです。
普通に生活しているのですよ。

一応、場所や時間が我々と重ならないように分けて生活してくれていたのですが、夜中2時を過ぎると必ず鉢合わせしてしまいます。
会話をすることはなく、わざわざお互い近づくこともなく、極力避けつつ暮らすこと5年、そろそろ同居生活をやめたいと思うようになりました。
ちょーっと距離が近くなってきたのですよね。
玄関で靴を整理していた時に、後ろでカサッとビニールが動く音がして振り返えったら、子供がいつもいる部屋からこちらをじっと覗いていたり、いつもは入ってこない寝室の方にまた別の女性が入って来るのを見たり、浴槽に重いカーペットみたいなものを水切りしておくとお母さんがめっちゃ怒っていたり、ちょっと関わりが深くなってきて、嫌になってきたのですよね。


最初は相談ベースです。
もう5年も住んでるから、そろそろこの場所を譲ってくれませんかー?
私たちが住んで生活しているから、そろそろここを空けてくれませんかねー?
全く反応なしですね、無視。

うーん、どうしようかなーと。
ここまでに浄霊もできていたので、次はそっち方向で少し強制的に、でも悪くないかたちで・・・まぁ一般の人だから大丈夫だろうと、考えていました。
どうやってやろうかなーと親子を見ていると、スポットライトのように上から光がサーっと降りてきて、親子を照らしました。

浄霊ができると言っても、私の場合は基本的に大体が自動です。
何でも必要なことが対象に見合ったもので行われるので、大概見ているだけです。
今回はスポットライト式でしたが、このタイプを見たのはこの時だけです。

で、光が当たった瞬間に、母親が子供の肩に手を添えるようにして、ササッと光から出ていくのです。
・・・ぇーー・・・。
そして再び移動した所にサーっと光が当たると、また2人で逃げていきます。
母親は子供に腕を添えたまま、頭を少し前に倒し気味にして構えており、逃げる気しかしません。
そして再び当たると同じようにササッと逃げ、また止まって構えている様子です。
どんだけ頑ななんだ・・・。

光は3回だったと思います。
この時、仏の顔も3度までってこのことかー?と思った覚えがあります。
これ以降、この親子のために光の道が現れることはありませんでした。
この親子は、救われる機会を拒絶し、救いの手から逃げたのです。

死んだらわかる、死んだらわかることは考えない、生きていることを楽しむ、楽しむために生きているのだ、といった考えもありますが、死んでもわかりませんし、死んでも拒絶し続けられます。
また別のエピソードになりますが、生きている間にそのような考えの人が死後に頼れる相手は、霊的なことがわかる人間だけであり、そういったものが好きな人は生前否定的だった人に取り憑かれたりして迷惑を被ったりと、実際にしています。
死後もなお、霊感の強い人に対し、そんなものは意味がないと怒鳴り散らしており、そうされている人がいました。
今回の事例でわかるように、子供は判断も自由もなく母親の道連れです。
実際、子供が過ごしていた範囲は、母親が自由に移動できる範囲の3分の1程度で、死後も制限されていました。
またこれも別のエピソードですが、私が接触した、人の世界に残っていた魂は、死後も地位や立場に縛られていたりしていますので、そこにも自由はありませんでした。


で、光チャンスが終わり、頑なに拒絶姿勢の親子を見た時の私の反応。
・・・・・・・めんどくさ。
失礼ながら、この一言でした。
自動で必要なことが終わってくれれば見ているだけで終わるのに、いつもはそれで済んだのに、光チャンスが終わってしまったので私がどうにかしなければならないわけです。

はーーー、どうしようかなー。

そして次に、閃いたのが、私の作業部屋には母親が入ったことがないこと。
私の所でお役目を果たしに来ている存在が沢山いまして、この頃にはパンパンでひしめいていたのです。
霊感が強い人が来た時には、私の作業部屋だけあったかいと言っていました。
部屋毎に違うの、不思議、だそうです。
霊的なものは自分の作業部屋に限定するようにしていましたが、ここに近寄らないのであれば、そろそろ別の部屋にも皆を置いてもいいかもしれないと。
玄関から長方形の作りで、子供がいつもいる部屋とお風呂場は玄関のすぐ近く、その奥がダイニングキッチン、その奥が作業部屋と寝室です。
ということで、一番奥の寝室から順にお手伝いを設置し、徐々に親子の活動範囲を狭め、玄関から出ていって貰おう作戦決行ー!

どうやってやっていこうかな?の次の日から朝起きるとお手伝いが派遣されて来ています。
人で言うところの核とオーラのようなものが来ていて、それぞれ自分の担当場所に現れます。
私の所では皆指定位置があり、ちゃんと皆自分の場所を理解しています。
そうして出向いてくれるので、それにこの世界での体を作ってあげて、ひょいひょいーっと個体毎にやることは違いますが、色々やりますと人間界での象徴的な姿形になります。
大きな力そのものが訪れて滞在する場合もあります。
皆お役目があり、それ以外は動かないため、何の害もないのですよ。

それで実際に徐々に母親の行動範囲が狭まることが確認されました。
後もう少しだーというところである日、「何で私たちが出ていかなきゃいけないの」と母親に初めて声をかけられました。
ひえぇーーーー!!バレてたのねーーー!となりましたが、そりゃそうですよね。


そしてその後少しして、親子は出ていってくれました。
が、2・3日で戻って来ました。
戻って来た時には、ちょっと体が崩れ始めていましたが、まだまだ人間でした。
ドロドロになるのに長い時間はかかりません、割りと直ぐです。
お祓いは意味がないのは知っていましたが、こんなに早く戻るとは・・・。

それで皆を強化しつつ、申し訳ないが、今度は強制的に直接出しました。
自分から出ていくよう促してきましたが、一番純度の高い機会を拒絶しましたし、もう皆の場所として出来上がっているので、彼女たちはここに相応しくないわけですからね、グイグイと出しました。
そして2週間程親子の居ない生活をしていましたが、その間にそれ以外にもありまして、それはまた今度。


そして2回目にまた戻って来た時には、もう怪物みたいになっていましたね。
浴室では母親の大きな顔が天井からこっちを見ていて、髪の毛が天井から壁に張り巡らされている状態で、浴室まで入らなかった子供も、黒く崩れながら足元で立っていたりして、怪物でした。
最近確認したところ、家族も同じように見えていたそうです。
そしてもう言葉を話せなくなっており、唸っている、そして怒っている。
あと1・2回出したら、完全に怪物化して理性を完全に失うなという状態だったので、強制追い出しをやめました。
それからですね、子供の居る部屋ではよく保管してある布団に背をあずけて座っている子供の姿を見、朝皆に挨拶回りをする時には端に寄りますが、相変わらず居て。


ある日ドアを開けた時に、シュッと目の前を左に避ける影が見えまして、あの手順を始めました。

おさらい
ある部屋に入る時は、手が入る程度に少しだけドアを開け、中は極力見ないように手だけを入れて電気を点けます。
部屋の中は見ないように視線をそらしたまま、電気が完全に点くのを待って、ドアを開けて入り、入室の目的を述べ、素早く目的を終わらせます。
出る時は、後ろを振り向かずに電気を消し、視線を自分の足元に落として、極力中は見ないように、扉を閉めて去ります。
その後も、その部屋のドアを開けたり、入る用事がある場合は、退室する際に後で入る事を述べてから去ります。

これですね、いきなり開けると鉢合わせしてしまうからです。
そして相手が電気のスイッチ方向に向かって避けるので、移動が完了してから入るようにし、ずっと見ているので用件を言い、鉢合わせを避ける為に後でまた開けることを伝えたりするのです。
ちゃんとこの通りにすると、私が入る前に移動してくれます。

ただこの手順を始める前に、この家に潜んでいた別の男性霊が、あるきっかけで出てきまして、浴室で私の足にしがみついたという事件があり、いつかこの親子にもしがみつかれるのではないかという恐怖がありました。
なかったですけどね。


そしてこれが上手くいきましたし、相手も理解してくれていたので、家族にも手順を教えてすすめました。
よく占いや霊的なことに関わっている家族がいると、他人は大丈夫?洗脳されてない?と失礼にも程がある質問を即してくるようですが、私の家族は私の助言を全く聞きませんのでご安心下さい。
助言を実行しませんのでいきなり開けて、当然ながら毎回鉢合わせしていましたよ。
向こうも移動してくれるのですが、開けると同時に入るので移動途中を見たり、髪の毛が上に上がるところを見たりと、そうこうしても手順を実行しないのが私の家族です。

能力者でも関わり方は人それぞれです。
私は皆が穏やかで、お互いに害がなく、干渉もせず、必要と不必要、それぞれの役割や目的を理解している賢い子達としか関わりませんので、どんなにぐっちゃぐちゃに色々居ても大丈夫です。
それが実際に自然に実践できる人として評価されています。
家族は能力があるだけと言ったらあれですが、なので、私と家族の霊的な世界での評価は大分違います。
それがはっきりしているエピソードも複数ありますので、そのうち霊的世界が個別に対応を変えていることがわかるお話しも、気が向いたらします。


ということで、これがエピソード3の面倒な手順を、住んで5年目以降に始めた理由です。
えー・・・大事な部分は
「死んでもわからない人はわからず、救いを拒絶することもできますよ。」です。
霊的な事柄や、能力者の発信内容に対しての反発も否定も拒絶もですね、まぁ一部は潰しも貶めもしますが、好きにしていればよいのですよ。
そういった人々がいることも、実感できるよい機会があったと思います、そういうことです。
そしてそうしてしまう人々の根本にある根深い原因も、私は理解していますが、それも受け入れられるかは人それぞれでしょう。

機会はありますし、準備期間は十分与えられますし、必要なものは身近に揃うはずですので、あとは自分がどこまでやるかです。

それでは「本能で危険を察知」の答え合わせを終わりたいと思います。
お疲れさまでした。