2026/1/22

個別対応

今日思い出した言葉
「人は称賛を求めるが、人は称賛に値する結果を先に求める。」

称賛とは、相手の成果や行動を具体的に、そして心から褒めるものです。
称賛に値しない部分から注意を逸らし、更に結果の前に称賛を得ようとする人の姿を見た時に疑問を感じることは自然です。

また当然のことですので、そういうものだと割り切れることで、変にひねくれずに済みます。
私の場合はこれを自然に応用し、霊的なことがバッチリ解る人の方が少ないのだから、理解されなかったり、解らないことが原因で否定されたり、嫌悪されたとしても仕方ないことだ、と割り切ってきました。
他者の評価・承認に関わらず事実は変わらないため、自分で納得することができます。
ただ、私のような人が他にも沢山いるはずですので、一人で抱えてきた方にとってはプラスになるかと思います。


それでは今日のお話しに入ります。
皆で、全体で、ではなく個人個人にかかっている、という表現をよくしていると思いますが、それがわかる事例をご紹介してみようと思います。
丁度今年(2026年)の始めに具体例が出てきたため、まずは一例、最新の出来事からお話しします。


まずいくつかの前提があります。

・基本的に人間霊はスルー

自分が入ることになった建物に元々居たり、他者と話していたら関係者が接触してきたり、何らかの理由で私の所へ来た上に何日も居座っていたりする、スルーしてもしきれない人間霊の場合。
そして生きている人間が仕掛けてくる黒魔術や呪術の、行っている人や組織を突き止めることに気が向いた場合。
以外は基本的に人間霊はスルーしているため、いくつか事例を挙げることは可能ですがすごく少ないです。

・基本的にパワースポットや宗教施設やイベントなどには行かない

元々興味がありません。
基本的に全然行きませんが、数える程ですが訪れたことはあります。
行かない理由は、私に用事があったり、何かを行う必要がある時には、あらゆる宗教などの存在や世界のほうから私の所まで来てくれるので、私がわざわざ出向く必要が本当に全くないためです。

・厄払いでの思い出

本厄だった年に厄払いに行ってみた時、そこにある全ての物、そこで行われた全ての事の中で、唯一神性さを感じたのが、お払いの時に振っていただいた小さな枝葉でした。
それ以外は全く何も・・・だったため「木ってすごーい!」という感想を持ちました。
あの小さく切られた枝葉はこの後どうなるのだろうか、捨てられるんだろうな・・・と枝葉のことだけが気がかりだったことを覚えています。

・同じ木でも・・・

変な団体の人に関わっていた人からの繋がりで、変な儀式的なイベントに参加したことがあります。
マスターか何か、立場のある人たちがそれぞれの杖を使ってイニシエーション的なものを施してくるのですが、全く何も感じず、何も発動していないし、何も来ていないのだが、一生懸命やっていてこれは一体何をしているのだろう・・・この人たちが人に教えているの??と思ったのを覚えています。
杖という特別な木製の物であっても、厄払いの時の小さな枝葉には到底及びませんでした。

そんな「木ってすごーい!」という経験があった私の年始の出来事であります。


家族が初詣に行きたいと言うのです。
ただそこはご神木を切って枯らしてしまった所なのです。
「ご神木を切って枯らすような所になんて行きたくないね!嫌だ嫌だ!」と拒絶。

しかし今年はなっかなか諦めてくれず、どうしても、どうしてもっ、行きたいと言うのです。
一度諦めて一人で行ったのですよ、でも私と一緒に行きたいと言うのです、一回行って、お賽銭も入れて来たのに?!

仕方ないので出発、何だかんだ言っても外に出れば元気に歩いていく私です。
そしてあれだけ拒否しても、着いたら今度はなかなか帰らない私であります。


ここからは私と家族の両方の視点を照合したものを書いていきます。

・入り口近くのお稲荷さん

入った瞬間から自由行動、私は一人で歩き回りますよー。
まず入って直ぐにある小さなお稲荷さんです。
ここから出るまで、ゆっくりと歩いていきました。
鳥居を通り、向かい合っている狛狐の間を通り、閉まっている建物の前まで行き。

「やっほー、来たよー、誰かいるー??」
しーん・・・
(んーー、誰も居ないのかなぁ?・・・これどうなってるのかなぁ?)
と柵の網目の中をジーロジロ覗き見ていると、狐さんが現れました。

建物の中、柵の向こうに、こちらから見て左側半分で、顔は右を向いている向きです。
ちょうど、石像?の狛狐が建物の前で中央を向いている、左側の感じです。
ただこれは像ではなく狛狐本体ですのでサイズが違います。
私の頭より大きな赤い目に、それに見合う大きさの体のため、耳は上の方が見えず、体は肩の辺りまでしか見えていない状態です。
私は狐の大きな目玉の真ん前で、柵ごしにお互いをじーっと見合っている状態でした。
時々勘違いでないか近くや少し離れた場所から全体を見渡して、建物の右側半分には居ないよなー、左の子だけが反応しているなー、うーんやっぱり居るよなーと何度も確認していました。

そしてしばらくすると鳥居の外から家族が声を掛けてきて、まだここに居たのかと。
で「ちょっとこっち来てよ」と言うと「行けない」と言うのです。
「なんでよー、ちょっとこっちに来て見てよ、ここに狐さんが居るよね?ここに目があって、大きい体でさ、見えてる?」と聞くと「うん・・・行けないよ」
「いいから来てよ何でよ」と言っても「入れないんだよ・・・」と言いながら離れて行ってしまいましたー。
なんなんだー!!と思いながら再び確認すべく一人で柵の前に立ってじーっと見ていました。

後から聞くと、どうやら狛狐の所に境界が作られていたらしく、家族はそれ以上入ることができなかったと言うのです。
「物理的には入って来れるんだからくればいいのにっ」と霊的なことに詳しいわりに酷い言いぐさの私です。
すると「早く出てけって感じだったから一回外に出たんだよ」と。

狛狐たちは、私に対しては何もないが、家族に対してはそういう態度をとっていた、ということです。
後からお話ししますが、私を連れてきたのは家族なのに、連れてきた人に対しての態度がそれとは、なんとも理不尽な話しですが、これが個別対応です。

そして狐の目玉と柵ごしに見合っている時ですが、お互い何もないのですよ。
何も話しませんし、霊的レベルでの交流などもありません、ただじっとお互いの存在を認識する時間を過ごしていました。

そしてしばらくして、全然出て来ない私の元にまた家族が戻って来て、まだそこに居たのと。
この時鳥居の外で、よくあんなことできるなーと思っていたそうです。
あんな狐の大きな目玉と間近に見合うなんて・・・ということらしい。

十分認識し合ったので、ゆっくりとその場を離れます。
石の狛狐の間を再びゆっくり通り、振り返るとまだ狐が見ていたのでまたねと手を振って去りました。
そこから離れてもずっと建物の中から見ていましたよ。
観察されるのですよ、どう振る舞う人間なのか、それはこれまでにも何百回と経験しているため特別な状況ではありません。


・次はメインの大きな建物へ

次は一番大きな建物で、皆が参拝していく所です。
小銭を入れて、鳴らして、「よろしくお願いします」と挨拶だけします。
私はお願いごとなどは一切しないので、挨拶をしてまた反応を待ちます。
そのうち建物全体からこちらに向かって祀られている存在が出てきていたのですが、ちょーっとストップ、拒絶。
今回の目的はこの子ではないので、やめておきました。
反応はあった、ということだけ確認し、早々に移動です。
移動する時にも遠くから狐が見ていましたよ、ずっと見ているなーと笑う私です。


・敷地内を少しウロウロ

立て看板の内容を確認、私の目的は「ここに居た人々はここをどのように扱ってきたのか」を知ることです。
どうやら切られたご神木は年輪からみて樹齢600年程だったらしいです。
ふむ・・・何だかわからない小さな石で造られた物をゆっくり通りながら見つつ、今回の目的であったご神木へと近づいて行きました。


・ご神木さんとご対面

切られて、株だけになっており、成長しないようにするためか切り口に上から屋根がつけられ、しめ縄が巻かれていました。
600年だけあってとーーっても太い、立派な木だったんだなぁ・・・。

ゆーっくりとご神木を見ながら近くを歩くー・・・様子見~。
どうやら人間に興味なさそうだ。
中身の本体は・・・深くて奥に入ってるからちょーっと時間かかりそうだなぁ、外だし人目もあるから今はやめておこう。

で、メインの建物に向かって伸びている根が1本ありましてね、それが手の代わりになっていました。
本当は恐らく上や横に伸びていく枝葉が手のようなものだったのだと思いますが、それが全て無くなっているので、その原因となったであろうメインで祀られている建物に向かって、根に重なるように霊的な手が伸びていました。
実際の根は地表に見えているだけでももう少しで建物に届くくらいの距離です。

(根に持っている・・・根だけに・・・ね。)

私はその恨みの手を握り、「よろしくね」と挨拶だけしました。
この時はどっしりと、ただ静かにしていましたね、特に反応もありませんでした。

これは、ずっとその土地に住んでいる木が、そこに入ってきた人間の文化と文明によって切られ、その原因の1つとなっている宗教施設やその対象に向かって瀕死状態で恨みの腕を伸ばしているところに、物理的に瀕死に追い込み実際には枯らしている、原因側であり実行側である人間の一人である私が、その手を握ってよろしくと言っている、という状況です。
この登場人物が全て人間だったら、ちょっとありえないでしょうね。

家族にも同じような腕が見えているのですが、家族の方には両腕を前に伸ばすように2本見えていました。
私は問題がある所によく気づくのですが、私の注意を引き、行動を取らせたのは恨みの腕の方だけでした。

私は基本的に色々スルーで、興味も持ちませんが、本当にこのままでは危ない所には反応するのです。
最後の門番役でもあるため、通り過ぎた人がどうしようもなく堕落していく姿もよく見送ってきました。
もちろんよいものにもちゃんと反応します。


・ご利益が欲しい家族

家族がここにどうしても来たいと言った理由は、このご神木の写真を撮って待ち受けにしたいから、でした。
「そんなの効果あるの?」が私の反応です。
目的の写真を撮って、早速待ち受けにして、どうかなと。
そんな勝手に写真撮って、ご神木本体には挨拶もせずに待ち受けにして、それで繋がれてるの?そんなの効果あるわけ?というのが私のお返事です。
「効果ないかな?」と聞かれるので「さぁ?」と、サッパリサッパリ。
「せっかくご神木の前まで来て、自分で腕も見えてるんだから、同じように手を握って挨拶して行きなよ、よろしくってさ、勝手に写真撮って終わりじゃなくて。」
そう言っても「いい」と拒否する拒否する、おーい、本当にそれでいいんかーい!

それでご利益目的で写真を撮って去ろうとするので、今度は私がしつこく挨拶するようにうながし、結果「よろしく」して帰りました。
ご神木によろしくできたから、目的達成!


・ゆっくりグルグル回って帰る

再びよくわからない小さな石像たちの前を通り、小さな水神が祀ってある所に行きましたが、何の反応もありませんで、目的達成したため早々と移動。
手を洗う所にも寄って見て、既に閉まっている物を売っている所の近くまで行き、敷地内を一人でゆーっくりと隅々歩いて回りました。

入り口に向かって戻る頃、メインの建物におじいさんが参拝中。
そこそこ距離があったのですが、遠くからでも声が聞こえます。
「○○○○に住んでいる!○○○○です!」
(!!おじいちゃんっ、セキィリティーぼろぼろっ!)
大きな声で名前と住所を伝えていまして、心の中で小さく笑ってしまいました。

そしてゆーっくり歩いていたのですが、おじいさん、お願い事が多すぎて全然参拝が終わらないのです。
本当に沢山お願い事をする人が居るのだなと笑ってしまいました。
そして帰り道「おじいちゃん、小銭しか入れてなかったみたいだけど、あんなにお願いして単価いくらで叶えてもらうつもりなんだろうね。」と笑って話していました。

そうそう、私がぐるーっと回って帰るまで、狐さんの姿は見えていて、ずっと私を見ていましたよ。
最後に遠くから手を振って出ました。
いつもは自分の場所や別次元で全て完了するため、このように物理的に現場に出て、長時間直接接触したのは初めてだったと思います。
新しい経験というのは、いつまでもいくらでも現れ、全てパターンが違うものですが、本質的には同じことをしているかなーとも思います。
例えば別のお稲荷さんに呼ばれて処置したこともありましが、祀られているものが違うので、その特徴から探すとちゃんとその場所が現実にあったりします。
テストもありますよー。
説明なしで呼ばれ、課題だけがあり、恐らく課題なのか、テストなのか、どれがそうなのかすら普通はわからないようなものですが、瞬時にすべきことを悟り、即興で対処し、正確に一発合格する必要があるのですが、正解含め毎回全てが違い、そういう私の能力が本物かどうか、本物や本質を見抜けるかも含め試されるテストを相当数こなしてきての今です。
恐らく狐さんは、私をそういう人だと気づいていましたね。


という感じで、今年は初詣に行き挨拶して来ました。
そしてこの日の夜から先週くらいまでかな?色々とありましたので次回お話ししていきます。
基本スルーの人間霊以外とはどんな関わり方をしてきたのか、少ーしだけお伝えします。


人気のない暗い宗教施設で一人の時、あなたの目の前の柵の向こうに、自分の頭より大きな赤い目玉が現れたら、完全に冷静な状態で動かずにずーっと見ていられそうですか?
その後日から自分に何が起きるのか、わかりますか?

それでは。