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2026/3/17
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壁4 |
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・私が置いている壁
誰かが亡くなったという話しを見聞きした時、本当に時々、ふらっとその人の所に出向く事があります。 どんな所に居て、どんな状態なのか。 そして残された人たちの反応も自然に入ってきます。 私が知ったことを話せば「そんな残酷なことを言わないで下さい」と言われるのが目に見えています。 人の世は美しいのです。 ・私と世間の認識の壁 まだ一度も出していない私が見てきた流れがあります。 あまりにも救いようのない、絶望的で残酷なものです。 空が暗くなってからのオレンジ色の炎を見るたびに、私の見てきた冥界を思い出すのです。 ・挑戦 今回は皆さんの、伝承と主観的ビジョンと現実の間にある壁を1つ取ってみようと思います。 所詮他人の体験ですから、完全には取り去ることはできませんが、隙間くらいはできるのではないでしょうか。 まずは伝承、今回のテーマは人魚です。 外国ではマーメイドのモデルは哺乳類のジュゴンとされています。 日本では人魚のモデルは魚のリュウグウノツカイとされています。 そして主観的なビジョンとして、何度かマーメイドが見えた時期がありました。 ある日、マーメイドとマーマンのペアが訪れました。 近くまで来て姿を見せ、二人で泳ぎ、直ぐに去っていったのですが、ペアなんて珍しいなぁと思っていたのです。 その日の現実世界では、日本の海でリュウグウノツカイのペアが撮影されました。 実際の記事としても残っていますが、その日、私はこんなものを見ていたのです。 伝承、主観、現実は、このように繋がっているのです。 このような経験がありますか? 経験させて貰える人材になりましょう。 ・壁シリーズ4 今回も私が「占いを行う人」として生きることを選択したことで経験できたことです。 ターゲットが限定されていますので、多くの人は体験できない話しです。 15年程前のこと、引っ越して間もない我が家に布教活動をしている人が来ました。 男性が一人。 宗教関係は門前払いの人も多いかもしれませんが、この頃の私は「とりあえず聞くだけは聞く」というスタンスでしたので、相手をしていました。 というのも、父が時間があった時に玄関に入れてあげて、長話をしながら全てに答えていた、というのを聞いたことがあったからです。 父は僧侶の弟子であった期間もあり、お寺の住職になるようすすめられたこともある人です。 この時の話し相手は別の宗教ですが、対峙して説法でもしたのでしょう。 どうも「暇だったから」というのが理由のようですが、私もやってみようと思ったのです。 真冬で寒いですし、玄関の中にいれました。 特に会話が得意な人でもないらしく、何でもない話しを少しして、冊子を渡して帰りました。 私の態度も会話も悪い気はしませんので、穏やかに去って行きました。 特に興味はありませんが、貰った冊子にも目を通すようにしていました。 もしかしたら、私の知らない何かがあるかもしれず、よい教えがあるのか、どんなものか確認するのです。 まぁ・・・特別無かったのですがね。 それから3回位、毎週訪れては冊子を置いて行きました。 すごい大人しい人で、和やかな時間が過ぎるのですが、何かの拍子に占いをしていると話したのです。 すると急に表情が変わって「え、占いしてるんですか・・・」と、その時の顔をよく覚えています。 そして直ぐに帰りました。 そして次の週だったか、また訪問してきたのですが、最初から化け物でも見るような顔です。 「こ、これを・・・・」と、挨拶もなく恐々冊子を差し出してきました。 (なんだその顔は・・・・・死の書!!?) 無言で冊子を受け取ると黒っぽい表紙で、死の書と書かれたもので、何だこれはと・・・。 そしてふと玄関の方に目を向けると、いつもは男性一人なのにもう一人来ていました。 玄関の隙間を開けたまま、フードで顔を隠して横を向き、中のやり取りを監視しているのです。 無言のまま横に立っている男性に顔を向けると、来た時同様の表情のままです。 「そ、それじゃ・・・」と言って、目を丸くしたまま、少し口を開けて、強ばった表情のまま去って行きました。 その冊子を渡すためだけに来たのです。 で、不愉快なまま冊子を開けると、昔からある話しです。 シャーマン、霊媒は薬や太鼓で悪霊と交信する。 占い師は悪霊に取り憑かれており、精神異常者である。 そういった駄目なものをメインに扱っている冊子で、死の書と名前がついているものでした。 つまり正式に教えとして存在しているものということです。 またこれかと、瞬時に投げ捨ててしまい、団体名を確認し忘れたのが惜しい・・・。 ・この時の壁 占いをする人であると話さなければ、何もわからない人です。 恐らく、集会に呼んだりさえするのではないでしょうか。 占いをすると言った瞬間に、地面から分厚い教本でも現れたかのような壁ができたのです。 男性は私を見ていますが、その前には教本があり、私ではなく教本を見ているのです。 それまで構築された全ての関係性は一気に無くなり、私は男性にとって化け物となりました。 悪霊が憑いている人とされるわけですが、この男性は100%、霊感がありません。 なぜなら、この時に住んでいた家には5人程の一家の幽霊が居たのです。 そんな幽霊物件に何度もにこやかに足を運べ、中に留まっていたわけですから。 男性の判断材料は、教本であって、実際どうなのかは関係ありません。 そのような人ですので、教本の全てを信じ込める立派な信者となれるのです。 布教活動は善行なのです。 ・ここで起きたことは何か 家を一軒一軒まわり、私のような人を見つけると仲間に報告し、直接家まで来て嫌がらせをし、実行の様子を仲間が監視する。 わかりますか?ようは魔女狩りですよね。 私はこのような体験を実際にしたことで、容易に想像ができるのです。 時代が時代であれば、家に来る者は複数人で、松明でも持っていそう。 外では罵声が飛び、石を家に投げつけられそう。 家から引きずり出され、公然と暴力が行われ、最悪罪人として殺されるのだと。 そこに見える民衆は高揚し、笑顔さえ見せ、楽しそうに罰を与えるでしょう。 そこにあるのは狂気であり、歓喜であり、おぞましい人間の姿でしょう。 ただ私はその狂気のずっと向こうに、その指導者、扇動者を見るのです。 汚れることも傷つくこともないまま、言葉で人を動かし、そうさせる者の姿です。 そしてそこに自分を見るのです。 過去世の自分です。 弾圧する側とされる側の、立場のある宗教家であった自分。 宗教の中で教えられた信念に従って戦いを指揮した軍師であった自分。 巫女を育てる立場であったが最後は襲撃された自分。 古い魔術が使えそれを駆使でき、その時代の当たり前として民家を襲撃した戦士の自分。 神殿で儀式の楽器を担当し、文明の最後を見届けた自分。 勿論、ノーマルな人生もありますが、結構多かったと思います。 どうやら弾圧する側になると、100%潔癖で純粋な新しい魂だから、1点の闇もなく、闇を知らないのは純粋な証拠であるとか、そのような過去世を持つ者はいない、といった考えさえ出てきているのを見かけました。 すごいですね・・・。 そんな感じで、今生は使わなくてもよいのだが使うことにした占いによって、弾圧される側の人生を経験しました。 どちらの側も経験しており、教えてさえいたわけですので、怒りは無いのです。 理解できます。 ただ、やめた方がいいですね。 前回の壁3では、ターゲットとして呼び出されたわけですが、今回は家にわざわざ来てしています。 積極的にターゲットを探し出し、自分達から接触しているのです。 私の方ではないわけです。 ・感想 訪問していた男性と見張り役の人に対する感想は、「この人たちは自分が何をやっているのか気づいていないのかな?」でした。 彼らの行いは「罪を愛して人を憎んでいる」状態です。 私が出迎えて話しをした姿勢は「罪を憎んで人を憎まず」でした。 なぜわからないのかなと思ったのですが、「罪を憎んで人を憎まず」という考えは、彼らのマニュアルにはないからだと気づきました。 本当にマニュアルが全てなんだなと・・・思いました。 そんな感じで、古くから途切れることなく、正式なものとして教えられているものに当てはまると、こんな経験ができます。 面白かったですか? 私はこちらがいくら扉を開けて出迎えても、そういった態度になる、ということを知ったので、この出来事以来、宗教関係は一切無視することにしました。 努力すべきは自分の方ではないと、十分理解できたからです。 それでは。 |
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